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2004年1月
1月27日 ニューヨークは何十年ぶりという寒さが続いています。マイナス10度台もざらでさすがにこれは北海道生まれの私にもこたえます。
ところで「ホモビデオ出演」ということで02年のドラフトで指名見送りの憂き目を見た立教の多田野数人投手(23)がアメリカに渡っていたんですね。その彼がマイナーリーグから今度はインディアンズの春季キャンプに合流してメジャーへの腕試しをするというので、にわかにまたその「ホモビデオ」の話が持ち上がっていたようです。もっとも、こちらのネット上では昨年3月の1A入団以来うわさが絶えなかったようで、それでこの日、地元記者らが要請しての会見となりました。
日本の新聞記事はざっと見たところすべてAP電の翻訳でした。それをスポーツ紙などは「本紙特電」とか「国際電話」とかクレジットを振って書き換えていたようですね。あの「特電」とか「国際電話」とかいうのはほとんどがウソです。デスクが勝手にペンを入れて、信憑性を持たせるためにそんな細工をするのです。いまどき「国際電話」にどんな権威があるのか知りませんが。
さて、いくつかそんな「特電」を読んでみてなんだか気になったのは「私はゲイではない。ビデオ出演は学生時代に金が欲しくてやった。もう少し大人だったら絶対やらなかった」という書き方でした。こんなだと、この子は「ゲイでないのにゲイのポルノに出演した」のを後悔しているのか、それとも「ポルノに出演するようなバカなことをした」のを後悔しているのか、どっちなのかよくわからんと思ったからです(私自身はポルノに出たってぜんぜんかまわんと思ってますが)。でも「私はゲイじゃない」というのを最初に持ってきたら、こりゃ文脈上、「ゲイではないのにゲイポルノに出た」ことを後悔しているということになってしまうでしょう。
で、実際に何と言っていたのか、インディアンズの本拠地クリーブランドのサイトで25分に及ぶ会見の模様をぜんぶ聞いてみました。
するとこういうことでした。まず多田野投手が英文の声明を読み上げます(ひどい読み方と発音だったので直後に通訳が再度読み直していました…嗚呼)。その中には自分がゲイだとかゲイではないとかはいっさい触れられていませんでした。ビデオも「ビデオ」とだけで「ゲイビデオ」とは言いません。「ビデオに出演した。それをとても後悔している。(中略)私は若く、野球をして大学に行って、チームメートも私もお金が欲しかった」と言っているだけです。(なるほど、かのビデオにはチームメートも出ていっしょにお金をもらっていたわけか)。
それから質疑応答です。記者側からは「日本ではゲイポルノに出たことが理由でドラフトされなかったのか」「一件が発覚してから日本では周囲の対応が変わったか」などの突っ込みがありました。多田野投手は「(ドラフトは)球団が決めることなので自分には(理由は)わからない」「自分の前では(だれも直接ビデオ出演のことを)言わないのでわからない」と言葉を濁すだけで、恨めしいこともあるでしょうに日本のメディアや球界に非難がましいことはいっさい口にしませんでした。そうして会見の終了間際、開始22分の時点であるアメリカ人記者がこう訊いたのです。
「アメリカではホモセクシュアリティはプライバシーに関することなのだが、あなたの性的嗜好(プレファランス)を訊いてよいか?」
ここで多田野投手が「(自分は)ゲイじゃないです。それをはっきりはさせたいんですよね」と答えた。記者会見では、ゲイのことが直接の問題になったのはこれだけでした。
ふつう、「プライバシーの問題だが」と断ってもアメリカ人のジャーナリストはこういうことはぜったいに質問したりはしないものです。それを訊いたというのは、相手が日本人でプライバシーもたいした問題じゃないだろうとタカをくくったのか、あるいは球団側から最後近くでこれを訊いてくれないかと依頼された「ヤラセ質問」かのどちらかでしょう。その質問者が「セクシュアル・プレファランス」という“古い”英語を使っているのもヤラセっぽいですね。待ってましたとばかりに多田野くんが答えたのもそれっぽい。球団としては「ゲイではない」という明確な表明が欲しかったが、そんなプライベートなことをわざわざ声明に入れるとゲイ排除だと受け取られかねない。だから質問の形で補足させた。そんなところかもしれません。ですから、AP電や日本語の記事のように簡単にその文脈を批判できるようには、この会見は構成されてはいなかったのです。声明文を考えた人も、多田野投手に質問への答え方を伝授した人も、「広報」というのがどういうものなのかをかなりよく知っている人のようです。この戦略は日本の企業広報もよく見習ったほうがよい。
でも、とふと思いました。仮にもし多田野くんがゲイで、その質問に「自分はゲイです。それははっきりさせたいんです」と答えたらどうだったんでしょう。インディアンズの選手たちはすでにビデオ出演の件を多田野くんから告白されていたようで、それに関しても「べつに彼に対する見方は変わってないと思うよ。話したらそれで終わり。だれもそれ以上のことは考えないさ。彼はいいやつだし素晴らしい投手だ」とコメントしています。が、さて、もし彼がゲイだと宣言していたらどうだったのでしょうね。「いいやつ」で「素晴らしい投手」だという「見方は変わってない」のでしょうか。そうであってほしいとは思いますが、米国の四大プロスポーツの野球、ホッケー、バスケット、アメリカンフットボールには、ゲイだと公言する現役選手はただのひとりもいた験しがありません。多田野投手はこの会見を「(ビデオの一件は)いままでマスコミには言っていなかったが(話したことで)すっきりした」と言いました。でも、すっきりしない問題はスポーツ界にもたくさん残っているのです。
いまも日本のゲイポルノにはいわゆる「ノンケ」シリーズが少なくありません。アメリカにも極少ないもののその種のものはあります。性的指向では割り切れない、基本的には精液の捌け口があればいいという、とはいえ別の同性への興味もあるんでしょうが、そんな同性間性行為はキンゼイ報告を引くまでもなく昔からかなり存在しています。「ノンケ食い」もその流れでしょう。
ただし、その種の性交渉を持ったノンケ男ほど、公の場面では強いてゲイバッシングに走ることが多いような気がします。きっと後ろめたさからの反動とか変形した自己否定の情動なんでしょう。
多田野くんもこれに懲りてよもやホモフォビックになるような安易な道はとらないよう、アメリカの自由な空気をたくさん吸い込んでほしいものです。なんといっても、大リーガーは子供たちの手本となるべきヒーローなんですから。
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クラブハウスでの記者会見に臨む多田野投手

ゲイの野球選手として有名なビリー・ビーンも実はパドレス引退後の1999年にカムアウトした。
現在は9年来のパートナー(右奥)とマイアミで不動産業を営む

メッツのマイク・ピアッツァ捕手はゲイの噂が絶えず、「ゲイじゃない」という記者会見を開いたことも。 |
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